
色取月。采の抜け落ちた翅が華の鮮やかなるを恋う。
2003年9月1日(月)霧がかってる
あっという間に早や9月。
あと半分を、どうにか上手くこなしてゆかないと、それこそ何もできずに終わってしまう。
そんな危惧を覚えた昼過ぎ。
最近どうも後手に回りやすいらしく注意(警戒?)が必要。暑くなるとか聞いたものの、朝から霧雨しとしと降ってたり、陽が出なかったり、寒々とした一日。
涼しい、と言うには寒い。
寒い、と言うにはまだ涼しい。
空に厚く雲フィルター(文字通り)かかってると、なんだか世界が白黒に見える。(陽があると青く見えてるせいか。)電車の吊り広告に、谷川俊太郎「朝のリレー」が下がっていて、懐かしいなあと思わせる日々。
あれを国語の教科書で見た飛尽は、カムチャッカ半島という名を始めて覚えた。「この地球では いつもどこかで朝が始まっている」
いつもどこかで始まっているものがある。それは一日であったり、喜びであったり悲しみであったり憂いであったり希望であったり、する。【終わり】だって始まるが、それはいつか終わり、新しい【始まり】が始まる。
2003年9月2日(火)晴れ/天気雨
9/7までやってる、「ジブリがいっぱい スタジオジブリ立体造型物展」にようやっと赴く。→解説ページ [新窓]
チケットは予約制で、ローソンで手に入れる。
帰りに寄ったローソンで見てみたら、すでに完売したとのこと。
飛尽とその友人がチケットを予約したのは、確か7月の終わりだか8月の頭だったかその辺り。
その頃飛尽に暇が無かったのと、8月いっぱいは平日でも混んでるだろうとか言ってこんな時期に。
でもよく考えたら予約制のチケットで、毎日同じだけ枚数発行するわけで、一種入場制限やってるわけで、8月の休日でも同じくらいの混み様だったんじゃないのか。なにはともあれ、立体模型物展。
一番の見どころは、来年夏に公開予定「ハウルの動く城」の、「城」の模型(※触りたい放題)。
……というのを聞いていたが、それよりも壁を覆う新聞記事がオススメ。ばい駄天使12号。
ナウシカの時代から千と千尋に至るまで、社会背景を思い出させる新聞記事がずらり。
千と千尋の公開された年は、貿易センタービルに飛行機が突っ込んだのと同じ年だってのが目に入ったり、
「ベータ敗北!」とか「ソ連がどうの」といった記事が目に入ったり。模型はなかなかによく出来ていて、アシタカを載せたヤックルとかヤックルとかヤックルとか良い!
(正確には、ヤックルに乗ったアシタカ。)
近くには、もののけ姫の中にでてくる「石火矢」のレプリカが、子供の身の丈ほどもあるそれが3つ置いてあった。
うちの1つは、物語りの設定に近い素材で作られているという。
思わず触ろうとして、「この展示品には手を触れないでください」のラベルに気付いて踏み止まる駄天使が一匹。ラピュタに出てくる海賊(だったか?)の船は、モーターか何かで羽根を回していて、背景には時折雷が落ちて、臨場感を醸し出す。
ナウシカの展示は動いてなかったが、映画の最初のほうに出てくる蟲(ナウシカが虫笛で森に帰した蟲/ウシアブと言うらしい/実存するウシアブという虫とは大分ちがう)のでっかいのがあって、ナウシカ好きな人には良いだろうけど、虫苦手な人にはちょっと怖いかもしれない。展示場所の中に設置されたミュージアムショップは、便箋、タオル、小さいぬいぐるみのほか、部屋で使うような小物とか置き物系が目立つ。
プランターもののけ姫バージョンには、ちまっこいヤックル(に乗ったアシタカ)のおまけ付。「現品限り」などと書かれていて非常に惹かれたが(←主にヤックルに)、プランターあってもしょうがないので諦めた5枚の羽根を持ちながら飛べないのが一匹。
あと、ラピュタのロボット兵がへばりついたテープカッターとか。
トトロの森を模した電気スタンドとか(森デザインの台座部分は凄く良いのに、傘の部分がフツウなデザインでいまいち)。
部屋の電気スイッチのとこに取り付けるフレームとか。(トトロ、ラピュタ等。ラピュタはシータとロボット兵が塔の中で向かい合っているシーン。外の陽の上る前の青い空が綺麗だった。)
おやすみ何とか言う、天井からぶら下がる電気の紐に取り付けるのとか。
そんなこんなで、結局飛尽はロボット兵(キト付)とヤックル(アシタカ付)を連れ帰ったのだった。
ちなみに友人はトトロとかメイとか連れ帰っていた。(人聞きが悪いのは気のせいだ。)・そんな本日の一言。「創意工夫の勝利」。カッターとはさみと携帯ホチキスの勝利とも言う。
2003年9月3日(水)晴れのち曇って雷にやがて雨混じる
帰る頃、陽が暮れて暗いのか、雲に覆われて暗いのか、判断の尽きかねた空に鋭く走った銀色の光り。
ふと見上げた天井に、黒くなりかけの青い空に、一条の赤。光の翼が、そこに。
天球の半分を覆うかのようなでかさで、赤い片翼が広がっていた。
雲間を突き破って抜き出ようとするかのように。
白い光り、稲妻はやがて頻度を勢いを増していき、次第に雨を帯び始めた。
土臭い雨水の匂いがした。
天を轟かせた雷鳴はそしていつしか止んだ。
2003年9月4日(木)晴れ
今やってるオシゴトが予定よりちょろーっと遅れてて、9月いっぱいで終わるのかこれ! という状態。
で、今日は今月入ってから(別の仕事担当で)新たに来てた人が、手が空いたというので午後の数時間手伝っていただく。
とたん、なんかやけに作業能率があがった。
全体じゃなく、飛尽個人の。(※新人さんは作業ゆっくり)理由は明白で、ようは負けず嫌い(…)。←歩いてて抜かされると抜き返すタイプ。
別に意識してなくても(ゆっくりでいいじゃーんとか思ってても)、誰かが同じことしてるとつい急ぐタイプ。
なんていうか、そばでその人が(まったり)作業してただけなのに、やたら闘争心燃やしてた。
新人さんに簡単なやつをお渡しし、自分はちょろっと難しいのに手をつけて、それで、(勝手に)早さを競う念の入れよう。
おかげで今日は普段の1.5倍増しくらい作業が進んだ。
終わり良ければ全て良し。結果が全てだ。これなら9月中に終わるかもしれない……から良しとしようか。
2003年9月5日(金)涼しい
オシゴトは、新人さんは今日は自分の仕事に掛かりきりで手伝ってもらえず。
(その地道かつ眠い作業に昨日の午後いっぱいで懲りたと見える。)
しかして飛尽の作業スピードは昨日のまま。
4日遅れで、ようやっと目標作業量の半分を通過、後半の追い上げは快調だ。
やはり昨晩の8時間睡眠は効いた……か!?
(ほんとは10時間睡眠になるはずだった。)
(そんな急に早く寝ようとか思っても身体は受け付けてくれなかった。)
(結局2時間ほど眠れない夜を過ごしてからようやっと眠った。)右半分真面目君/左半分遊び人、という髪型の少年を見た。
片手には鞄、もう片手にはバスケットボール。
何処へ行くというのだろう。
2003年9月6日(土)涼しめ
別々の日に行くはずだった三つの予定を、どうせ出掛けるんなら一緒にしとけとかいう魔力に取り付かれて、今日は豪華三本立て。
そんな今日は、それ持ってかないと出掛けた意味ないだろ級の大きな忘れ物を二つばっかりして、同行の旧友Y殿に迷惑かけたりかけなかったり。
→ オスマン帝国の女性たち / → ペンギン / → カリブの海賊(映画)
▼オスマントルコの女性たち展 →広告ページ [新窓] /@大丸ミュージアム・東京 [新窓]
広告の美しさに惹かれて赴く。
今年は日本におけるトルコ年(この前も「イタリア年」とかだったが、あの仲間)だとかで、あちこちでトルコものをやってる模様。
でもオスマントルコがトルコかっていうのは微妙なラインのような無いような……。
で、「女性たち」の名前が付いているから、女性の衣服・装飾品、日々の生活の様子なんかが中心になっているかと思いきや、そんなわけでもなく。
チューリップその他、縁取られた花の模様と、最近(19〜20世紀に)作られた花をあしらったスカーフものは綺麗だったものの、全体に広告で宣伝してたほどの美しさはあまりなく、なんとなく地味ーな陳列が続いたまま終わってしまった感。
それと、デパートミュージアムのせいかもしれないが、解説パネルはあったものの、キャプションに説明がない。
何にもない。せめて装飾品なら材料とか、原産地とか欲しいところ。
ついでにカタカナ語彙の説明が順路の先のほうにならないと出て来なかったりしてちょろっともどかしい。
せっかく綺麗なのもあったのに、これで¥600はなんか割りに合わないなあ、と友人と意思投合。
(予想より高かったなあと思った飛尽は、帰宅してからクーポン券があったのを思い出した。<持参していた…<使えば¥200引き)
もろもろの忘れ物にめげたりしつつ、一路葛西へ。
旧友とゆくのは2度目にして、実に2年と半月ぶり。(前々回と前回もそのくらい開きがあった模様)
小学生らの夏休み終わってすぐの土日だし、子供ら(+保護者の皆様)は、夏休みの疲れをとってる頃だろうと見計らってゆく。ものすごーく混んでた。
旧友説によれば「夏休み末は宿題で忙しいから、開放された今こそ遊びに来てるんじゃ?」
ついでに「夏休み明けだから、空いてるとみんな思ったのかもね!」
しまったそうかも、これは作戦ミスだ!
というわけだか何なんだか、魚達をまったり見るのは諦めて、入口で配ってた回答用紙片手にチェックポイント(問題が書いてある)を巡る旅に出た二人。
どうも子供向けに設置されてるような気がしてならない問題ではあったものの、観察しないとわからないのとかあって面白く。実は飛尽の忘れ物のせいで、葛西についた時点で予定時間を越えていた。
その遅れが功を為し、ちょうどマグロの餌やりの場面に遭遇。
案内のお姉さんが必死に教えてくれるので、じゃあせっかくだから見ていくかーと、マグロ水槽まで移動。
途中いろんな水槽があったが、ともかくすっ飛ばして一番大きな「アクアシアター」に到着。
マグロがうようよ……。
やっぱりでかいなー。沢山泳いでると圧巻だなー。
そして人が多いよ……。(←餌やりの放送を聞き集まった人々)
餌は、アジやイカをまっぷたつにしたくらいのを次々にドボン。
マグロは泳ぎ続けないと死んでしまう魚なため、下に落ちてしまう前に、上手く拾って食べられるようタイミングを見計らって餌を落とすんだとか何とか。
20頭ちょいくらいだったか。もっといるのか。
ぐるぐると回遊しつつも、それらが我れ先に餌に向かってく。
ひときわ大きいやつが水面近くの餌を飲み込み急旋回すると、水飛沫と水泡が水槽を舞った。
その迫力に一同思わず「おー」とか「すげえ」とか感嘆の声が漏れた。親子連れとかカップルとかたんまりいたものの、ペンギンとクラゲとエトピリカを拝めたので、そしてマグロの餌やりの意外な迫力に圧倒されたので、それなりに御機嫌の二人。
ペンギン水槽の前では、前回来たときは、子供が泳いでて、そのちまっこい姿が非常に愛らしかった記憶が鮮やかに甦る。
今回はなんだか体つきも大きく、仕切られた親ペンギンと1回り半くらいしか違わない。
ずいぶん大っきくなったなー。
やっぱり小さいときのほうが可愛かったよねー。
なんて喋っていたら、解説のお姉さんの声が流れた。「左手のはフンボルトペンギン、右手のはイワトビペンギンでございます。」
親子じゃなく、別種だったとかいうオチ。(いやでもイワトビじゃなかったかも)
チェックポイントは順調に回って、1周し、入口に戻ってきたところで、答え合わせ。
子供らに混ざって列に並びつつ、学芸員さんの熱心な解説に聞き耳を立てる。
(主に間違えたところを丁寧に教えていた。)
旧友と飛尽(二人とも同じ答え)の成績は、10問中8問正解。
ひとつはほんとに間違えてて、もうひとつは記号を間違って選択した間違い。「学生さんですか? 試験で選ぶ際は慎重に」
とかアドバイスを戴く(…)。
でも選択肢のある試験ってほとんど無いよね論述だよね……と慰め合うことしばし。
時間が押してたこともあり、観覧車(クーラー完備とのこと!)には乗らずにその場を後にする。
▼パイレーツ・オブ・カリビアン →オフィシャルサイト [新窓]
ジョニー格好良いよー! という旧友U殿(上二つに同行はY殿)および戦友殿の言葉を胸に見に行く。
キャプテン・ジャックのゆらゆらしつつも決めるところで決めてくイイ男っぷりがなかなかに格好良く。
(※同一人物。念のため)
後から思うに最後のツメがなんとなーく甘い気がしないでもないが、話はとっても良かった模様。
戦闘シーン(フェイシング実践版とか、大砲の撃ち合いとか、乱戦とか)も格好良かった。
容姿はありがちヒロイン像とは思いつつも、ヒロインの女性の機転の良さが気に入ったりなかったり。
なんとなく、貴族の娘で、お父さん穏やかぼんやり平和ぼけ(ぼけまで行かなくても危機に気付かないうちに危機が去ってる感じ)、ちょっと年が離れた娘が賢しく動く、てのはパターン化されてるけど今回はそれがいい味出してる。
あと、ディズニー制作だけあって、TDLの「カリブの海賊」で見たシーンがワンシーンだけ入ってて思わず笑みがこぼれたり。<犬と牢獄と三人組初登場のやつ
壮大な伏線があるというわけじゃなく、話は単純明快かつハッピーエンド(ディズニーものはいつもそうだ)だったので、もう一回行くかと言われてもあまり乗り気にはなれない様子。
ひとまずキャプテン・ジャック・スパロウ(彼が「船長」を強調してたので付けてみる)の嘘付きっぷりと、巧妙な作戦(というか策略というか)はかなり格好良かった。
黒い帆の海賊船、最後に迎えにきた彼らの心意気も好きかもしれない。
ビバ、ガイドライン。
2003年9月7日(日)涼しい
久々に安息日。
本返しに行ったりまた借りてみたり、つれ戻されたがったりしていた。帰りの電車はほとんど人もなく快適。(あまり間をおかずに前の電車が走っているせいと思われた。)
うっかりだかしっかりだか熟睡していた飛尽、危うく降車駅を逃すところだった。
2003年9月8日(月)暑くなるも涼しく
先日のカリビアン再び。
孤島での「あの女、図に乗るぞ」ていうシーンは結構好きかもしれない、という会話中。「そう、主人公のあの女性、(スター・ウォーズ、エピソード)1、2のアミダラ女王の分身を…」
「分身違うよ! 身代わりとかさ!」
身代わりというか、影武者というか。
まあそんな役をやっていたという話。
でも衣装が奇抜すぎて(悪い意味ではなく)顔まで覚えていないとか何とか。
2003年9月9日(火)暑さ舞い戻り
火星見えるよ、と教えてもらって見上げた北西の空。
そのときは火星は愚か月さえ見えずに断念。
再び、火星見た? と聞かれ、見上げた北東の空。満ちた月の左下に、小さくも力強く輝く光り。
心持ちほんのり赤めの星の光り。火星だー。
と、その飾らない美しさにしばし見とれる。
今ちょうど南の空に見えてる。
望んだ月の右下に。
2003年9月10日(水)生温い風
先日購入した、江戸開府400年記念事業・東京ミュージアム「ぐるっとパス」。
せっかくなのでちまちま使って、行った事無いとこ行ってみよう、とか思い立った飛尽は、お仕事帰りに上野公園に立ち寄る。
お目当ては、重要文化財「旧東京音楽学校奏楽堂」。→オフィシャルサイト [新窓]
東博とか都美とか芸大とかあの辺り行ったときに、なんとなーく前を通りかかったことはあったが、中に入れて見学できるとは知らなかった。
なんとなく開け放たれた門と、人気(ヒトケ)のない入口は、入るのちょっと躊躇われた……(不法侵入してるみたいで…)。成り立ちとか楽譜とか関わった人々とか移転までの変遷などの資料が、こじんまりと展示されてた。
部屋は静かで、ブラインダーが下ろされて陽を遮っていて、照明は明るく、空調効いてて涼しく、いつまでも時間を過ごしていたい気分にさせる。
外からの音はおろか、話し声も足音もしないので、誰もいないかと思ったが、5人くらい見かけた。
2階のホールは、写真よりもずっと精錬されていた。
現役時代と変わらないだろう姿のパイプオルガンを、広がった立派なシャンデリアの淡い光りが照らしている。
セピア色の、でも色褪せていない空間。
流れ出さない大気と時間。
人の気配のない、静まり返った場所。
ああいう空間好きだなあ、と、その場を後にしてから思ったのが一匹。陽が傾きかけた、でも落ちる寸前までいかない青さを湛えた空が、上野公園の上一帯に広がっていた。
様々な形をして空を覆う雲の向こうから陽が差して、純白のまぶしさで光っていた。
この時間の空は、雲がものすごく美しく見える。(陽が落ちはじめると黄金色に変わっていくのがたまらないらしい。)そんなこんなで上野駅に着いてみると、消防車が2台、救急車が1台、パトカーが1台。
何があったのか、でも作業(?)は終わったらしく、ちょうど帰り始めるところだった。
改札の上の電光掲示板を、文字が流れていく。
どっかが遅れてるらしい?〜【山の手線運転再開】
っていうか山の手か!
(中略) 上野駅で発生した人身事故の影響で〜
上野駅か!
寄りに寄って、普段滅多に乗らない駅で人身事故起きなくてもーとか思いつつ、救急車が来てたってことは一応助かったのかなとちょっぴり自分を慰めつつ、やってきた京浜東北に乗るのだった。(動き出したとはいえ山の手に乗るのはちょっと気が退けた模様。)
(※山の手線と京浜東北線は途中区間が重なっているので(平行に走っている/しかもホームも一緒)、その区間はどっちの線に乗っても同じ駅に着く。)今日は全国的に雨ながら、関東甲信越だけ晴れマークだったので、暑くなるならと窓全開にしたまま出掛けたところ、一日風の絶えない日だったらしく、帰ってみれば部屋中砂だらけ。(お約束)
2003年9月11日(木)晴れ
追悼式とかやるんだろうけど
それを否定するつもりはないけど
同じように悲しみを抱えた人を他の場所で作っていっていいはずはなく
失うことの痛みを知っているなら
知っているからこそ
他の場所で別の誰かの大事なものを奪い続ける行為に歯止めはかけられないのか
奪ったものを取り返すことができないなら
せめて彼らの声を聞けないのか
是非とか裁く裁かれるとかより前に、自らの行いの事実起きたことを何故認めないのか誰だって害を被ってて、別の誰かに害を加えてる
一方だけを強調しすぎてやいないか
2003年9月12日(金)暑い
今日も今日とて東京ミュージアム「ぐるっとパス」。
帰りにちょっと足をのばして有楽町まで。
「相田みつを美術館」と「東京国立近代美術館フィルムセンター」をはしご。大人¥800(平常展にしては高い)って何事。それとも何か物凄いものがあるとか? などと思いつつ行ってみること、JR有楽町駅から徒歩3分。
物凄いものはなかったが、落ち着いた「和」の雰囲気がオシャレで素敵な空間。
ほんのり淡い照明と、ゆったりした広い間。
すのこ型に座布団が置かれたようなデザインの3人掛けの椅子(椅子?)は、座ってみるとやや低めで、縁側に腰掛けているよう。
相田みつをの書をしみじみ見たことは、そういえばなく。
字も凝っていれば、言葉のひとつひとつにも深みがある。
仏教の教えを書いた4行からなる書は、同じ漢字が単調にならないよう変化をつけて書いてあるという。
人間という字が3つ書いてあって、どれもちょっとずつ違う書体になっている。
うまれるときは まるはだか 死ぬときは それさえ 捨ててゆく
だったと思うが、飛尽はこれが気に入った模様。(他にもあったが覚え損ねた。)
嘘を吐いたらあの世で閻魔様に舌を抜かれるというが、わたしは舌を何枚もってゆけばいいのだろう、というようなのもあって、その新しい発想にそれこそ舌を巻く。
出口は休憩スペースとミュージアムショップ。
休憩スペースでは、コーヒー・ほうじ茶・上せん茶を無料サービス。
そりゃあ¥800もとるわけだよ、とか(払ってもいないのに←ぐるっとパス)思いながらほうじ茶を御馳走になり、代わりに来館者アンケートに答えてくる。
ミュージアムショップには、展示されてたものが印刷されたカード類やカレンダー類、キーホルダー、ストラップ、テレホンカード立てなど置き物系、書籍が売られていた。生憎飛尽がいいなーと思った言葉はそれらのグッズには見当たらず。でもストラップのシンプルで可愛らしいデザインに後ろ髪惹かれつつ退散。▼東京国立近代美術館フィルムセンター →オフィシャルサイト [新窓]
皇居の側にある近代美術館の分館。
国内唯一の国立の映画保存・研究機関として設置され、国際フィルム・アーカイヴ連盟(FIAF)にも正会員として加盟。日本や世界の映画フィルム、映画関係資料を収集・保存・復元し、かつ様々なテーマでの企画上映、映画文献の公開、映画資料の展示を行う。(「ぐるっとパス」パンフレットより)
建物の7階にあり、エレベーターで上る。
入り口は近代ちっくなものの、入ってみるとやや落とされた照明としんとした空間で静かで落ち着く。(そういや相田みつをの書のなかに「落ち着く」の由来みたいなのもあった。あれも良かった)
ちなみに展示室入ったとたんに「カチッ」とか音がし、何かが床に映し出された。←
順路ですかそうですか。(でもちょっと楽しい。)
通り過ぎたら消えていた。その先でも何度か表れ、消えてった。
展示品は映画関係の機材などもあって好きな人にはいいかもしれない。
映像資料(ビデオ)も豊富に置いてあって、片っ端からボタン押しまくってるのが一匹。
(ボタンを見ると押さずにはいられない人間心理。)
白黒の映像を見てると、我々はこの色でしか当時を見ることができないけど、だからなんとなくモノクローム=昔のイメージが定着してしまってるけど、でも当時の世界はフルカラーで構成されてるわけで。当時の人々はフルカラーでその当時を見ていたわけで。なんだか不思議だ。
関連資料のなかには、「羅生門」がとった金獅子賞の像もあった。でもそれは6体あるというレプリカのうちの1つ。オリジナルの所在は不明らしい。
ところでアニメーションのコーナーで、手塚治虫「クレオパトラ」の中にフグタサザエさん(24)が(一瞬)登場していた。何事。
今年もやってきた敬老の日3連休。
最終日が祖母の誕生日でもあるので、飛尽は祖母宅にお泊まりの予定。
もっとも、「祖母の家にいく」は、この場合「上京する」とほぼ同義。
目指せ井ノ頭公園。(←「ぐるっとパス」で入れることは言う間でもなく。)
2003年9月13日(土)晴れ
・98000HITだんけ。
祖母宅にお邪魔したあと、連れ立って東京探索。(と言っても23区外。)
井ノ頭公園まで出向いてみたりして、あの辺ぶらりと歩き回って帰ってくる。三鷹の森まであと800m
とか書かれた矢印も見かけたりしてここから歩ける距離なのかーと覚えてくる。
矢印、モノによっては「予約制」と、とってつけたように紙が張ってあったり。帰宅後、何か冷たいものでも食べようと、祖母が冷蔵後から出してきたのは葛きり。
竹を模したプラスチック製の円柱型の容れ物に入ってるのが、ちょうど二つ二人分。
上下にビニル蓋がしてあり、下部に格子状のプラスチックの底。
上下のビニルを外したのち、上から押すと下から心太ところてん(こんな字書くのか)のように細く切られた葛きりが出てくる仕掛け。
上から押す。
押す……には、何か道具が必要。飛尽「棒とかついて無いの」
祖母「これ(竹筒)しかない」
……。
…………。
………………(汗)。指で押してみるも、筒は長いので半分も押せず。
まいったなー。食べられないぞ、これ、とちょろっと途方に暮れた二人。で、ふと思いついたのがリンゴ。
あれなら固いからちょっと押しただけじゃ潰れないだろうし、形も自由自在。
飛尽がその辺にあったリンゴを円柱型に切りとって、棒代わりに押し込んでみた。
下から葛きりが出てきた!
最初のリンゴが最初の葛きり押出すのに精一杯だったので、リンゴ円柱二つ目を作って葛きり二つ目も押出す。
何か、蜜とかきな粉とかかけるもの欲しいような何の変哲も無い葛きりだったりして。
2003年9月14日(日)晴れ/一時激しい雨
8月後半にも行ったばかりの、江戸東京たてもの園に再び赴く。→オフィシャルサイト [新窓]
毎月第2土・日曜日に伝統工芸の実演、てのことをやってるらしく、今月は「佐賀錦」と「貝合わせ」。
主に「貝合わせ」に興味を惹かれつつ、「ぐるっとパス」消化も兼ねてゆく。
実演、て言うくらいだから実際にゲームするんだろうか?
(※貝合わせ:神経衰弱の一種。一つとして他の片割れと合うことのないハマグリの特性を活かしたものとか何とか)
(要するに貝殻の外側の模様でペアを当てるゲーム。2枚の貝殻がぴったり合うことの証拠に、内側に同じ絵が描かれてる)
神経衰弱(それにしても凄い字)モノ好きな飛尽、期待を寄せて行ってみること、駅からおよそ30分。(歩いた。)実演やる場所を示した矢印の横を、奴が素通りしたのを俺は見た。
案の定場所を見つけ損なって、も一回戻ってきて今度は矢印を発見して、やっと正しい方面に向かった。
到着してみると、ゲームではなかった。
貝合わせに使われた貝(絵付)を復元している方がいらっしゃって、貝合わせに使う貝を作っているところだった。
ゲームじゃないのかー! と、ちょろっと思いつつ、金箔貼ってく様子もそれはそれで面白いので(初めて見る)、しばし見学。
ハマグリの形のいいの集めるのも大変だとか、
使ってる糊は、乾いてからじゃないと貼れないとか、
金箔(純金)は、塊の金より10倍高いとか、
柔らかいので、あらかじめ貝に付けておいた小さな凹凸模様も綺麗に浮び上がらせてくれるとか、
箔は細切れにして貼っ付けてくけど、互いに溶け合うから切れ目なく繋がってくとか、
残ってる昔の貝合わせの貝は、表情があるのと無いのとあるだとか、
片割れが他のと合わないから夫婦愛の象徴みたいな感じで嫁入りのとき365対持ってくだとか、
そんなに作るから昔は職人さんが大勢いたんだろうとか、
まあいろいろいろいろお話伺って大満足。復路も炎天下をてくてく歩いてゆき(その横を駅まで5分のバスが何台も追い抜いていった)、今日は午前中だけで約11000歩を越えた。
そんな本日の移動距離は、約12000歩強。家にいると如何に動かないことか!
2003年9月15日(月)晴れ
敬老の日。
今日は4館ハシゴの日。
「三鷹市美術ギャラリー」、「東京国立近代美術館 工芸館」、「東京国立近代美術館」、「科学技術館」。coralだかいう駅前のビルの5貝。ちがう5階。
荷物が多かったので(お泊まり道具一式+持たされた土産一式)、コインロッカーに押し込んでいざ見学!
奥に行ってみると受け付けカウンター。
人がいなく、「ぐるっとパス」スタンプ台が寂しそうに置いてあったのでひとまず押しておく。
更に奥に行こうとすると、閉まっている。
企画展やってないときでも「一般貸出しによる展示を行って」いるって、「ぐるっとパス」パンフレットにも書いてあるんだけど! なんで開いてないかな! 休みなのかな!
とか呆然としつつ、近くのドアを開けてみると事務室だったりして。無闇に開けるな。
わざわざ寄ったのにーと思い、ソファーで休憩すること約5分間。
休みのわりには、人が何人か出入りしてて、みんな休憩室代わりに使ってるのかなとか思う。
思っても、ギャラリーには入れず。
しょうがないのでそのまま帰路につく。……あとになってオフィシャルサイトの見取り図で、違う場所(壁っぽい)から入ろうとしてただけってのが判明。
なんとなく人が出入りしてたところが入口だったっぽい……ていうか開いてたんだろ、この日。
しかも貰ってきたリーフレットにもその見取り図載ってたし。内側に。見ろよちゃんとー。
まあ機会があったらいずれまた、ということで。▼東京国立近代美術館 工芸館 →オフィシャルサイト [新窓]
9/20〜11/30の企画展の間、常設展をやらないというので、今のうちに行っとけ計画。
なにしろ常設展しか入れない「ぐるっとパス」。企画展始まってしまったら入れないぞ。
というわけで、北の丸公園を突っ切ってたどり着く。本 日 休 館
なんだって!
休館するのは「毎週月曜日(祝日又は振替休日に当たる場合は開館し、翌日閉館)」じゃないのか。
今日は祝日じゃないっていうのかー。
と憤りつつ、時間ばかり過ぎていってどうしようもないので退散。
これで本館も休みだったらシャレにならないぞ、と思いつつ移動。▼東京国立近代美術館(本館) →オフィシャルサイト [新窓]
開いていた。
でも前をゆく老夫婦について行って、うっかり出口から侵入。
「ここからは入れませんので……」とかおねえさんに注意されてエントランスホールへ。入るときに「なお、本日分館の工芸館のほうはお休みとなっていますので御注意ください」とか言われて、知ってるよ今見てきたよっていうか何故お休みなのかそこのところお聞かせ願いたい(要約)と、ココロの悪魔が囁いた。
そして展示品は思ったよりも多くて、近代というからあまり興味無いかと思ったら(失礼)、結構面白いのあって時間かなりとられそうになる。
素描っぽいのとか、風景画とか、ちっこいブロンズとか、いわゆるモダンアートっぽいのとか、いろいろ。
4階〜2階が展示室とだけあって、結構めいっぱい。
素通り計画は脆くも崩れ、予定時間10分オーバーくらいして、その場を後にする。
もうちょっと時間多めにとっといても良かったなあ、もうちょいゆっくり見たかったなあと思ったりしても後の祭り。小学生の頃、国会議事堂見学と合わせて遊びに来たような来てないような思い出。
小学校高学年向け、と案内にもあるように、どっちかというとお子様向け。
でもたぶん、今更聞けないあんなことこんなこと知りたい大人にも良いかも知れない。
あと、実験系というか、試してみるの好きな人とか良いかも知れない。休日だってこともあって、小さい子どものいる親子連れで賑わっていて、なんだか場違いな感じの飛尽。
でもハンドル回したりしてしっかり遊んでくる。
はずだったのに、お子様が後から後から湧いてくる感じで、なかなかハンドルに手がのばせず、あまり遊べず。
まあ人が少ないような展示物をざざっと見て、子どもがいなくなった隙に触ってみたりして。
ここも、もうちょっと時間多めにとっとけばよかったなーと思いながら、閉館時間になってしまったので退散。
2003年9月16日(火)晴れ
朝行って突然、準備室とかいうのに皆そろって放り込まれる。
全員新人なのに、いきなり役割負わされる。
室長(@企画調整部)を筆頭に、あと残り4つの班に全員振り分けられる。
案の定というべきか、気付くと企画調整部に配属されてる飛尽。
その中でさて誰をリーダー(=室長)にするか、って話で、一番元気そうなのを多数決で押し上げた。
本人最初は嫌がったが、周りが推すのでそのままリーダー。でもまんざらでも無い様子。
あと、副室長と書記と、4つの班それぞれ担当の連絡係を設置。
企画調整部はちょうど7人で、人数ぴったり。
飛尽はというと、No.2(=副室長)。大好きな数字。でもって一番仕事が無いとか言う。(お約束)上層(=企画調整部)で決まったことを各班に伝えにゆく連絡係は結構大変。
彼らの忙しい仕事っぷりをよそに、書記の人と二人で、「本部席は楽だ」とかのたまう。
(上層会議は別として)あまりにすることがないので、書記の人は連絡係を手伝いにゆく。
取り残された飛尽、やっぱり上は全体を把握しとかないと! とか何とか言いながら他の4班の仕事を偵察にいき、あらかた情況を目で確かめたのち、本部席近くに陣取ってた班の話し合いにちゃっかり参加し、手出し口出し。
そこが進行一番遅れてたわけだが(方向性も定まってなかった)、なんとか軌道に乗ったのでめでたし。時間差でやるべきとこ同時進行で強行させられて無理が出てたり、連絡行き届いてなかったり、本部側がそもそも前提を取り違えてたり「何やればいいんだ」と焦ってたりで大変だった一日。
最初よくわからなく(専門外の分野だったこともあり)不安だらけだったものの、終わってみれば楽しかった。
話を聞くだけよりも、実際にやってみたから、いろんなこと身を以てわからされた一日。
そんな授業らしからぬ授業を受けて過ごした一日。
(※今日の活動はロールプレイングだった。)ずーっと幹部クラスで仕事してると、いい加減ヒラがいいなあ指示されて動くだけっていう楽したいなあと思えてくる。でもここずっとヒラで仕事してたから(←アルバイト)、あちこちに指示出して全体の動きのバランス考えてずれてるなら軌道修正して、ときどき口出しして、っていう上層の仕事が久々で新鮮で楽しかった、模様。
2003年9月17日(水)やや涼しく
オシゴト帰りに東京ミュージアム「ぐるっとパス」巡り続行。
今日は日暮里駅から徒歩3分あまりの「朝倉彫塑館」。彫塑家・朝倉文夫氏の、アトリエを兼ねた自宅をそのまま展示施設に。
だから、雰囲気としては、知り合いの家に遊びにきたような感じ。
いろんなものがむき出しで置いてあるせいなのか何なのか、順路を教えてくれる人がやけに沢山いた。
ボランティアなのか雇用されてきた人なのかいまいちわからず。おうちは、中庭の周囲をぐるりと取り囲む設計。窓が広く、開け放たれると今日なんか風が気持ち良い。
庭の池には黒いのと黄色いのと、鯉が2匹。苔むした岩の苔を一心に食べていた。
ブロンズは、どれも素朴な力強さに満ちている。
特に、順路7の猫シリーズがお勧め。猫好きにはたまらない、猫のいろんなポーズ集。
「狙う猫」「眠る猫」「餌食べる猫」「よく獲った」などいろいろ。
猫のしなやかな体つきと野生の身のこなしが余すとこなく詰め込まれてる。
順路8は屋上。空は広く風が心地良い。日暮里のみならず遠くのほうまで結構見渡せる。
たぶん、上野公園も見えていた。朝倉氏本人が集めたとかいう品々も同時に展示。
陶器とか根付とか書籍とかいろいろ。
飛尽の普段あまり興味のない壷シリーズは、柄よりも形のデザインが気に入って眺めていた。
全体に窓の多い解放感と、階段や踊り場の隅にさり気なく作られてる小さな空間の遊びと、中庭の水の音なんかが気に入って、思ってたより結構楽しめた。
もいっかいくらい来てみてもいいかなとか思う。
2003年9月18日(木)晴れ
オシゴト帰りに(中略)続行。
本日のお目当ては、両国駅から徒歩5分ちょいの「江戸東京博物館」。
木・金曜日は午後8時までやってるため、残業してからでも間に合うから嬉しい。そう言えば常設展示を見た事がなかった。
というより、企画展もあまり見に行ったことがない。
そんなわけで勝手もわからないので、特に何の期待もせずに行ってみると。
当初30分滞在の予定のところ、それじゃ回り切れないだろと気付いて1時間に延ばして考えておいたのにもかかわらず更にオーバーしまくり結局2時間近く滞在。
感想を一言で言うと「面白かったー!」、二言にすれば次に続くのは「また行きたい」。
入ってすぐの実寸大日本橋(※片側半分)を初めとして、実物大+縮小模型+実物+解説+体験モノと、いろんな角度でモノが置いてあって楽しい。
町の模型の側に双眼鏡が備えてあって、じっくり見る方はどうぞ、みたいな感じになってる。
で、覗いてみると、肉眼で見るより近くに見えて(当たり前)、しかもなんとなく自分がその町のどこかにいて、そこから市街地を眺めてる、みたいな気分にさせる。
体験コーナーも充実してて、試し好き飛尽はいろいろチャレンジ。
火消しの持ってる、ひらひらのついた頭でっかちな棒――纏(まとい)と言うらしい――が天井からぶら下がる形で置いてある。持ち上げてみろと言うわけだが、うっかり取り落としてもいいようにぶらさがっている。
重さは何キロだったか…(忘れた)。
一応持ち上げられたものの、頭でっかちなためバランスが取れない。かと言って肩を支えに持てるような重さじゃない。あんなもの担いで走った火消しの皆さんは凄いなーと実感。
(ところで火消しとかいうと某水ウォーターとか火ファイヤーとか風ウィンドとか金ゴールドとかが思い出される。)
持ち上げ系はあと3つくらいあった。
全て試してみたのは言う間でもなく……!(「力に自信のある大人だけが持ち上げられます」とか書いてあって大いに挑戦ゴコロ喚起されて持ち上げようとしたのだけが持ち上がらなかった。悔しそう。)動く模型も結構あって、大抵は時間が決まってて時間になると自動的に動きだす。
その中には、懐かしの鹿鳴館もあったりして! >関係者各位殿
内部で着飾った人形たちがくるくると躍っておりましたよ。</報告>日本最初の電話ボックスだったか、日本最初のお金を入れたことが分かる電話ボックスだったかの復元模型は、中に入って受話器を取ると詳細説明が流れる仕組み。
受話器を耳に当て(じっと説明を聞い)てる姿は、端から見ると結構怪しい…。
最後は人力車(一人用と二人用の2種類置いてあった)にも乗ってもとい載って座り心地の良さを実感。展示の終わりのところに郵便ポストもどきがあって、未来の自分に手紙を出す場所とか何とか。
でも郵便じゃないので放っといたら届かないので自分で取りにゆかねばならないらしい。
まあ十何年とか数十年とか経ったら住所変わる人もいるだろうし、全てを配達するのは無理として。
でも中まで入らないと受け取れないってどうなんだろう。ロビーのとこで受け取れるようにはできないのか。(できないからこうなってるんだろうな。)
一応、○年後の都民の日(無料公開日)から翌年の同日までの間に来れば受けとれるらしく、タダで入れるチャンスは2回。でも両方平日だってこともありうるわけで。なんか不毛。
あと、自分で出しておきつつ、そんなの忘れてしまう人だっているわけで、期限が来た人(来る人)の名前をサイトとかロビーとかでお知らせするコーナーとかあってもいいんじゃないかな。
とか思いつつ。
あれだけ遊んで¥600は絶対安い。
いつかまた来よう。
と、大満足で帰ってゆく駄天使が一匹。(2時間近くいたくせに、それでも多少端折って見てたんだとか何とか。)
2003年9月19日(金)晴れ
プリウス、プラットホームを軽やかに疾駆。
山の手線は一周およそ34km。
TOYOTAのプリウスは、燃料1リットルおよそ35km。
と、いう感じの広告が、山の手線外回りの車両の外側を飾った。
その広告を追うように、プリウスが走っていく。
山の手線のホーム上を走っていく――ほぼ実寸大に近いような、自動車の写真、一種広告だったわけだ、それは。
ちょうど車体の窓の位置が、山の手線車両の昇降ドアに重なり、電車内に立つ人がまるでプリウスの窓から顔を覗かせているような配置になる。
写真のタイヤ部分は、ほぼホームの高さで、山手線が走り出すとプリウスが走っていくように見える。
四角いポスターじゃなく、車型に切り抜かれたポスターを(しかも車両の外に)貼ってしまうJRも凄いが、こんな広告打ち出してくるTOYOYAも凄い。
がんばってるなー。
こういう広告センス好きだなあと、思わされる一瞬。
プリウスが走り出した瞬間、飛尽がはしゃぎまくったのは言う間でもなく――
2003年9月20日(土)曇りのち雨
図書館に本返しにいったり、前読んだことあるやつまた借りてきてみたり。
飛び込んだ5300人のうち、何人がファンだというのだろう。
欄干を越えたのは、何もファンばかりではないだろう。
マスコミが騒ぐから、何かあるだろうと集まった人だっているだろう。
全員がさもファンかのように言い、悪しく言うこの風潮は何何だろう。
助長するからと一切映像を流さなかった日本放送協会に完敗。(別の字でも可)・本日の鉛筆画。というか14日に描いたやつ。セリウスシャランゼ。26KB弱。
2003年9月21日(日)晴れ
・99000HITだんけ。っていうかあと900人で10万……!(21日テレホ突入時現在)
これは何かやらかすしかないが、そんな暇(いとま)が今の飛尽にあるかどうか確約はできないな。今日も今日とて消化試合(違)。
すでに元はとった「ぐるっとパス」。せっかくだから行ったこと無いとこ行っておけ巡り続行中。
そんな今日はお台場ツアー。(何も台風が来るってときに海のそば行かなくても……。)初来館。
名前はよく聞く上、正面を通ったことはあっても入ったことは無く。
船の模型が並んでるだけかと思っていたら、船体の構造、浮く不思議、揺れや抵抗などについての動く模型が沢山。
手で触って動かしてみるってやっぱり楽しい。
全36枚にも渡る解説シートも、余さず貰ってくる。←小説のネタとか資料とかにするつもりっぽい。三度目かの来館。
友人ともども遺伝の辺りの話が好きなので、ひとまずゲノムコーナーで戯れる。(※模型と)
あと、恒例の(?)太陽広げをやり、その大きさを実感。
(宇宙開発のコーナーに、直径3cmの地球を基準に、大小の惑星・衛星の模型。近くの床に置かれたバケツに入った赤い布は、広げるとそれが太陽だったりして。)
理科の教科書とか図鑑とかだと、地球の大きさに対して太陽がでかすぎるから、一枚の絵に収まりきれず、球体の一部分しか描かれてない。でもこの赤い布だと球の全体が一目瞭然。
この巨大な恒星に対する地球の、なんてちっぽけな存在たるや。
宇宙船(?)の一部屋の実寸大模型があり、トイレとか冷蔵庫とか休憩室とかがちょっとずつ見られる仕組み。上方には、日本語/英語/ロシア語で部屋の名称が書いてあったりして。(本物には日本語は無さそうだが)英語ともうひとつロシア語があったのでおおとか思う。
「個室」は英語で「PRIVATE ROOM」。その横に、なんとか「КОМНАТА」と書いてあったり。これはコムナタと読んで、確か「部屋」って意味だったはず。とか、役立ててみたり(?)。まだ覚えてる覚えてる。▼林原自然科学博物館 Dinosaur FACTory(ダイノソアファクトリー) →オフィシャルサイト [新窓]
パナソニックセンター1・3階。
お台場と言うか、有明方面。ビックサイトが近くにある(最寄り駅が一緒)。
初来館。
ていうか初耳。入るまではなんとなく悠長な気がしないでもないが(ちょっとまどろっこしい。もっと効率良く捌けるはずだが)。
入ってしまえば結構楽しいかもしれない。
入り口で渡される、携帯用情報端末とかいうのをぶらさげて回る。いわゆる音声ガイドの一種だが、要所要所においてある固定端末から情報を得るようになってる。(でも裏ワザ(?)を使うと、別に固定端末と繋がなくても全ての情報を見られたりして……。←偶然やり方発見)
で、あるのは恐竜の化石群。そのぞんざいな扱いに全部レプリカかと思いきや(何しろ大半がむき出し&いつでもどこでも全て撮影おっけー)、一部本物もあったりして。説明は子供向け(恐竜初心者向け)の簡単なものから、発掘の様子・道具、推察の仕方など詳しいものまで。
しかも今日、その携帯用情報端末で見た情報を、後日インターネットで再閲覧できるという。
出口のとこにある最後の固定端末で自分のIDとパスワードを発行して貰うと、家に帰ってからそのIDとパスワードでアクセスすれば、今日見たものを再び閲覧できるようになってる。これはなかなか画期的。・本日の鉛筆画。頬に傷のある男。15KB弱。
2003年9月22日(月)寒さ続く
・台風の影響というかその余韻というか、電車乱れてる。実はここのとこ5日連続で電車遅延に遭遇してる。
18日→人身事故(御冥福をお祈りします)
19日→線路内に人が立ち入った為10分弱の遅れ
20日→乗り入れ線が乱れてた影響で遅れ
21日→台風(雨)の影響でちょろっと遅れ(おかげで逃しかけた電車に乗れた)
本日→台風の影響でやや遅れ(おかげで乗換え時間1分…。←走ってた)
今日は授業のある日。
まだ夏休み中だが、集中講義というやつで、3〜4日かけて15回(半期分)の授業を行う。
今回のは言語系。ウラル、アルタイ諸語の少数言語の話。
(ウラル・アルタイと一緒くたにされてきたが、全然違う系統なので分けて考えるらしい。)
で、電車の遅れもあって開始時間ぴったりに教室に着いたところ、人の気配は無く。
15分くらい経っても誰も来なく。
教室間違えたか! とか思っても部屋の名前ちゃんと合ってるからここでいいはず。
てことはみんな電車が遅れてて来られないのか……(先生含む)。
ようやく人が集まり、授業が始まったのは1時間後。
その間先生と学生のあいだで情報交換などしていたから(知り合いだったっぽい)、それはそれで面白く聞いてたんだが。
学部の授業なのに学部生一名って何事。(飛尽だけ)
その場に5人ほど集まったうち4名は院生の方だった。あとから来た3名も院生の方だった。
さすが少数言語。マイナーだ……。(ていうかマイノリティ?)
というわけで皆様それぞれ、ウラル語とかアルタイ諸語とかに関する専門分野をお持ちなわけで。
飛尽もまあ言語系専攻の端くれなわけで。
音声学とか音韻論とかロシア文字とかみんな大体分かってるから概論的な話すっ飛ばして、本論から入る。
そのためなんか内容が深くて濃くて楽しかった一日。
話に聞いてたよりも気さくな先生で、冗談ともつかぬ嘆きが途中何度もこぼれたし。
自分が不安なとこになると、もっと詳しい人(=そこ調査してる院生)に聞いたりしてたし。
飛尽はというと、純粋な日本語(和語)に「あ」終わりが無い理由がようやくわかってすっきり。
日本語も一応(まだ証明されきってないけど)アルタイ諸語と同じ系統だから、構造の話では自分の専門に役立てられそうとか思ったりも。(←日本語教育専攻)
そして少数言語が今まさに滅びようとしている現実を突き付けられて、改めて焦燥を知る。
でも残そうといくら思っても、話者にしてみれば他者にも通じる共通語のほうがいいわけで。
若い人がどんどん話さなくなってしまってるのが現状。(話せる老いた方々はやがてお亡くなりになり、そうして言語が消えてゆく。)
話者が100人切ってるってのはなかなかどうして危機的。
で、こういう特徴があってああでこうで、っていう話してると、無性にトールキンの真似事がしたくなってくる。
飛尽は言語のなかでも教育方面を専門にしてるけど、少数言語の記述とか音韻の体系づくりとかも面白そうだなあ。そっち行っても良かったなあ、とか何とか。
※なぜ行かなかったかというと、すげえ好きな割に言語が身につかないから(…)。(←致命傷)
自転車は仕組みだけわかってても乗れないけど、言語は仕組み分かってれば乗れる気がするんだけどなあ。そうはいかないのが現実。(努力が足りないとも言う。)
・本日しみじみ実感。やっぱり言語は面白い。ばい飛尽。(やっぱりもっと勉強しないとだなあ、と訳す)
ときに探し物が見つからず3時間以上部屋中ひっくり返しまくってる飛尽だが、一向にソレが出て来ないため(でも明日必要なモノなので)、今日は夜を徹しての創作もとい捜索の予感。
2003年9月23日(火)昼/夜おなじ長さの日
街路に吹く風は冷たいのだった。
午前中いっぱい昨日の続きで見つからないモノ捜しまくり、昼過ぎからボランティアに参加。
学科のゼミの先生繋がりで在日外国人向け進路ガイダンス。
主に会場への道案内と、質問時間の発言記録が今日の仕事。
だったわけだが、案内した人は数名で、人ちゃんと集まってるのか不安になる。
(しかも大人とか先生っぽいスーツの方とかばっかりで。)
でも会場入りしてみると満席の盛況ぶりで一安心。
飛尽は記録はスペイン語班のとこについたが、(日本人の)先生が最初英語で説明を始め、子ども+親のわからなそうな顔を見てスペイン語に切り替えた。
うわーわかんないよ先生! っていうか日本語で喋ってくださいよ通訳ちゃんといますから!
とか思いながらも思わず聞き入ってしまうのが一匹。(←スペイン語もとっていた。←話題柄、言ってることの大筋は分かった。←でも「聞く」のに集中するあまり記録とりそびれた。)仕事ちゃんとしろよ……。
ボランティア手伝った後、その足で向かう先はボリショイ・サーカス。 →オフィシャルサイト [新窓]
「ボリショイ」とはロシア語で「大きな(большое/バリショーイェ)」の意味。
だからまあ、訳して「大サーカス」。
(ちなみに「どうも有難う」は「バリショーイェ・スパシーバ(Большое спасибо)」と言う。)3ヶ月も前にいただいたチケットは当時絶対無くすとか半ば確信を抱きつつ分かりやすい(=思い出しやすい)とこにしっかり仕舞った。
しっかり仕舞い込んだせいか、それともその後別の場所に移動させたのか、ここ数日見つからない。←無くした。
そんなわけで一昨日辺りから一斉家宅捜索ならぬ部屋捜索を展開。
ファイル類だの本棚だの床とか机とかに積み上げられた書類だの全部ひっくり返す有り様に発展。(でもそのおかげで無くしてた幾つかのものを発見した。お帰りブルーウォーター!)そんなこんなでハプニングを幾度か乗り越えつつ(その後も紆余曲折あった)、無事会場入り。
人間の皆様のアクロバット演技もさることながら、動物達の可愛さに敗北。
もこもこの白い犬とか、黒くてすらりとした猫とか、あと今話題の虎とか虎とか虎とか。
さすがに虎のときだけ網はり巡らしてやっていた。網の内側ですげえ吼えてた。
椅子の上に猫のようにちょこんと座った虎が(ていうか猫(科)だが)、その背中が異様に愛らしくて眺め続けてた。
ついでに奥ーのほうで顔なめなめしてた虎が(もうまんま猫にしか見えない)、調教師さん(?)にこづかれてるのを、毛づくろいしてるの可愛いから別にそのまんまでいいのになあ、と思いながら見てた。
いいなあ、虎飼いたいなあ、などと言ってたのは誰だったか。
そんな今日、途中でふと気付いた飛尽だが、昨日の言語の授業、明日までの宿題が出ていたのだった。
ナーナイ語。
の、名詞(含代名詞)・形容詞・動詞あわせておよそ70語。
を、覚えてこいと言う。
昨日文法の簡単な説明を聞いただけだというのに、明日からさっそくテキスト読みにかかるらしい。
でもラテン語ともゲルマン語とも違うっていうかインド・ヨーロッパ語ですらない言語なのでとっかかりが無いぞ。
まずいぞー。
ただ明日のは単語テストってわけじゃ無いからいいのか。……とか思ってるから伸びないんだな。
ちなみに「おばあさん」は「mama」と言うらしい。覚えやすいんだか紛らわしいんだか。
2003年9月24日(水)なんとなく雨降り始める
ザ・半日でわかるナーナイ語文法。
今日は文法の話だそうで(昨日のは諸言語の共通/相違点の話。語順とかの話)、文法なんか説明されて眠くならないかと飛尽(一人で)危惧してたところ。
それは杞憂に終わった。
学生側が日本語で例文を言うと、ナーナイ人を装った先生が、その例文をナーナイ語に直してくれる。
で、例文同士を比較して文法事項を抜き出してみよう! てな具合。
日本人側は一人2文まで。使える語彙は事前に与えられている(昨日覚えようとしてた70語余り。)たとえば、
私が行く
私が行ったていう2文を出すと、二つの間には動詞の違いが現れる。それは現在形と過去形。
ついでに、彼が行く
彼が行ったてのも出すと、今度は3人称単数の現在形と過去形が分かる。というような感じ。
なので、限られた数でどう上手い例文を言わせるかが鍵。
ちなみに受け身とか連体修飾とかあんまり言ってくれないラディカルインフォーマントだった。
(ナーナイ語には受け身文が無いっぽい。「彼が魔物に喰われた」は「魔物が彼を喰った」になってしまう)
ちなみに例文では、なぜか金持ちの女が泣かされまくっていた。インフォーマント(先生)「『あんた、金持ちの女泣かすの好きだなあ』。とか言われちゃうよ」
こういう文法の授業はいいなあ。他言語でやったら楽しそうだ。といろいろ考えてて、でも外国人に日本語教えるときこれやるのはキツイよなあ、と、諦める。(←あくまで日本語教育専攻)
授業終了後、雨降ってたので荷物運びを手伝ったら、そのまま懇談会に連れてかれる。
学科の先生方が4名も…!(※どちらにせよ他には先生か院生の方しかいない)
ユーラシアの北東のあたりの言語の話題で盛り上がったり文化の話題で盛り上がったり(お茶の話が興味深かった)学科学部の先生の話で盛り上がったり。レッツ・イニシャルトーク。
ところで、その場にいるのは全員言語系なわけだ。
ロシアの食べ物「ピロシキ」の話になったときに。ミャオ先生(仮)「いやだからさ、ピロキシだとさ、」
音位転倒(metathesis)が起こってるよ! と一斉につっこまれたことは言う間でも無く。
ネネツ先生(仮)「プロキシサーバと混ざったでしょ。」
ミャオ先生(仮)「そんなもの私の日常語彙に入ってない。(断言)」何はともあれ3時間以上食べて騒いで楽しい懇談会となったとさ。
そんな今日の明日でも1限から授業……!
2003年9月25日(木)降りそうで降らなくてやっぱり降った
文法表(ていうか接辞一覧)と語彙表を広げてテキスト読み。
難しいとこはすでに日本語書いてあるので、穴埋め形式で読んでいく。なんだろう、飛尽が言語を好きなのは、多分『ドリトル先生』から始まったんじゃないかと思った。
登場するドリトル先生は獣医で、飼っていたポリネシアという名のインコが喋り始めたんだかがきっかけで、動物の言葉を解するようになる。
いわく、例えば「猫がミャウミャウと鳴く」のだけがコトバではない。耳の動き、視線、尾の動き、姿勢、そういった動作まで含めて「喋っている」んだという。
『ドリトル先生』を最初に読んだのは多分小学校の高学年あたり。その頃、本当に動物は「喋っている」んだと思っていた。
多分、それは今も変わらずそう思っている。
実際飼ってる猫の「遊んで」「御飯ちょうだい」「水ちょうだい」「おかえり」「ここから出して」は、皆声のトーンというか鳴き方が違う。耳を臥せれば怖がってる、目を細めるのは満足してる(あるいは眠い)、近付くと腹を見せるのはなでてほしい、吹くのは驚いたから、尾の毛を逆立ててれば興奮してる、ウィンクするのはかまってほしい、そうやって動作一つ一つにも感情の起伏が現れる。
12年以上も一緒に暮らしていると、自然とそれらがわかってくる。猫のほうでも幾らかは日本語を解するようだ、というのがわかってきて楽しいここ数年。動物の言葉を理解する、とまで行かなくても。
知らないコトバを読み解いていく作業が、たまらなく楽しい。
最初何も持っていなくても、進めてくうちに少しずつ手持ちの駒が増えていく。そうして徐々に解読効率が上がってゆく。無機質に在る記号群が、並びはじめると意味を持つようになる。
ということが楽しい。
のかもしれない。
一種パズルゲームのような。隠された答えを探していくような。
だからそうだな、暗号の類いも好きなんだよな。たとえばシャーロック・ホームズの『躍る人形』とか好きだったりして。(解読表も友人と作ったのを持っている。)・『ドリトル先生』の著者はヒュー・ロフティング。全13巻構成。(飛尽は最初の5巻だけ読んだことがある。)
って今気付いたが、訳者って井伏鱒二なのか! 「花に嵐のたとえもあるさ さよならだけが人生だ」の人。・本日の鉛筆画。笑っていた。シェーン・キャリオット。15KB弱。
2003年9月26日(金)降るとか言ってたが晴れた
授業が午後からなので、午前中、三鷹まで遊びにゆき時間を潰す。
予約制、というコトバに恐れ戦おののき、なんとなく
生き難いちがう行き難い、遠い存在に思っていたジブリ美術館。
ところが先日、親友S殿宅にて、そこ行ってきたという話を聞き、巨神兵カード差しを見せてもらい、そう遠くない存在だと知る。
で、予約の方法とかとか調べて予約、やってきたは今日。10時の回で予約したから10時頃着いたわけだが、すでに列が長く長ーく伸びていた。
でもさすが入場制限しているだけあって、入ってしまえば楽々で、展示物は一通り難無く見られた。
子供(幼児〜児童あたり)の団体と、障害を持った方の団体と、あと中国からいらしたらしい団体と、なんかいろいろ団体さまがいらっしゃる中をかいくぐって(?)見てく。
仕事部屋の風景、という感じの展示もあって、壁中に張られた絵とか資料とか積み上げられた図書とか様々な小物とか釣り下げられたドライフラワーとかジブリオリジナルランプとかが、もう、もうかなり良くて飛尽御機嫌。
しかも今日の空模様は雨かと思っていたのに晴れたから、屋上にも上ってしっかり巨神兵をカメラにとらえ(てもらってい)た。
いいなあ巨神兵。とか何とかつぶやいた飛べない天使が一匹。(ヒトこれを駄天使と呼ぶ。)ラピュタと空想科学の世界展などというのをやっていたが、飛尽ラピュタ好きなのもあってなかなか楽しい。
というより、全体的に動く模型が多めで、その仕組みも解説されているのが楽しい。
そんな今日は、巨神兵の頭を持ち帰る。(というとなんかグロテスク。)<文鎮(ペーパーウェイトとも言う)
先日も巨神兵(フレーム付マグネット)を連れ帰ってた気がするが、巨神兵グッズ集めたい症候群は、今日の「頭」でかーなりおさまった模様。
というかあの黄色と焦げ茶色の小動物をこの前「キト」とか言ってたが、「キツネリスのテト」の省略形だったらしい。
そんなの絶対嘘だ。間違えただけだ。
第一「テト」はラピュタには出てきてない。<それはナウシカ。ところで行ってみて改めて思ったが「美術館」というより、あれは「博物館」だ。
午後は午後とてアルタイ諸語云々かんぬん。
日本語も含め、似てる似てないの話で、いっぱいいっぱい比較して……みると以外に多い相違点。
でもって、印欧語のはずのスペイン語に同じ用法が見られたりしたりなかったり。
アルタイ語の3つがほんとに同じ系統なのか否かまだ証明されてない、だから実は全然別の系統なのかもしれない、という議論が起こるのも納得。
いいなあ言語。北シベリア。
卒論テーマ今から変えるのはちょっと駄目かなあ。とか何とかつぶやいた沼(罠?)にハマった駄天使が一匹。っていうか10万まであと300人切った……!(26日テレホ突入時現在。)
・本日の鉛筆画。プアジェ。光の森に住むエルフ。11KB弱。
2003年9月27日(土)青天
上野公園巡り。
狙うは明後日までのトルコ三大文明展と来月頭までのアレクサンドロス大王云々展。たまには早く行って並んでみるのも一興。
とか何とかいう思惑のもと、開館30分前くらいに現地到着。すでに12、3人くらいの列が出来ていたから凄い。
9時になって門が開く。
飛尽および同伴者M帝氏は、「ぐるっとパス」の割引き(団体料金/大学生は¥700)で入るべく、券買う列に並ぶ。番が回ってきて学生証を提示しようとしたところ、「(ぐるっとパスは)すでに割引きになっているため、一般の団体料金になるのですが……」
とか何とか言われて¥1100とられた。<大学生通常料金に相当。
なんか不毛だ、使えねえぞぐるっとパス。
でもまあスタンプ貰えたから良しとしたらしい。別の友人がすでにトルコ展を見に行ってて、「三つで色分けしてあった」と言っていた。
その意味がわかった。
ヒッタイト→ビザンツ→オスマン、の三つの大きな流れで、背景の色合いが違う。
ビザンツの水色は爽やかで、オスマンの紫ははでばでしく「オスマン〜」という雰囲気を醸し出していた(やたら豪華で高貴な色合い)。
キャプションのデザインも凝っていて、右上の端にアルファベッットで時代名が入ってる。
でも「オスマン」は英語で「OTTMAN」となるはずなのに「OSMANLI」と書いてあって不思議だった。オスマン時代の言葉なんだろうか。
刀のコーナーでは、スルタン1世が所持していたという刀が二つ。
「奴か!」
とかいう言葉が我知らず漏れたのが二匹。(道連れ)
他のも含めて刀シリーズはかーなり良くて、友人なんか全部見終わった後にまた見たがったので、も一回見に行くほど。今回目玉の、世界最大級のエメラルド(7カラット!)が3つはめ込まれた短剣は、さすがに(?)刀身むき出しではなかった。
やっぱりいじって何かあったら大変だから……? と思うことにして、鞘の部分なんかに見とれたり。アレクサンドロス〜展は、来月までやってるせいか、思ったよりも空いていた。
トルコとの共通券で入ってく人を数人目撃。全体に同じトーンで続いてく展示。
めぼしい作品はこれと言ってないものの、一つ一つ丁寧に見ていくと、それらは最後のパネルへの伏線になってる。
西で作られた作品の影響が、東の作品に及んでくことを示すパネルがあって、影響された結果こうなった、と、横に実物が置いてあるのがいい。
ヘルメス(=メルクリウス)が大黒天になってるのなんかは新鮮で、でも言われてみればそんな感じで、楽しい。
展示取り止めになった件の風神像は、きっとこの辺に置く予定だったんだろうなあと思いながら特別展を後にする。(ギリシャ神話のボレアス(北風の神)の影響を受けてるんだとか何とか。)>>> アレクサンドロス大王と東西文明の交流展 [新窓]
今日行く予定には入っていなかったものの、友人がオススメの展示があるというので立ち寄る。(どうせ通り道だ。)
そういや特別展でしか入ったことがなかった飛尽は、新館の常設展示には初来訪。
1階の海コーナーで、もう、なんていうか、めいっぱい幸せになっていた。←水棲動物好き
海底をすれすれを潜らせるかのような造りとか、なんちゃらスコープで魚とかとか覗いてみようコーナーとか、深海の生物の音声+平面&立体映像付き解説とか、あごの動くクジラの模型だとか、かなり凝ってていい。
ホンモノこそなけれど、海の生物好きな人にはオススメの空間なる。(係り結び)出口に向かう途中、地震展への分岐点のところで、係りのおにーさんが元気いっぱいに異様な営業トークをしていたのが印象的。
九月二十四日〜三十日まで臨時休館。
またか!
とか憤りを隠しつつその場を後にする。
(駅に案内出しとくとかそういうことはできないのかなあ、といろいろ対策考えてみたり。)
まあ10月いっぴから企画展示やるらしいので、その準備期間なのかもと思っとくことにする。
というわけで10月になったらまた来ないと、とか思ったのが一匹。(意見が割れた)友人は別の友人ズと来た事があるらしい。
というわけで、しっかり初来訪な飛尽は道案内を頼む。ライオンのメス(おそらく成獣)2頭が寄り添って、体なめなめし合って仲良ししていたのが、友人M帝氏のお気にだいぶ召した模様。
飛尽はというと、先日見たばっかの虎が、あのとき威嚇しまくって吼えてた獣が、今日はガラス越しとはいえ間近で、お昼寝中なのを見られたのでだいぶ御機嫌。
パンダなんかも、ひっくり返ってピクリとも動かず、ぐでーっと寝ていたし。
ペンギンなんかも、間隔開けつつ一ケ所に集まって翼広げてじっと固まってたし。
元気なのはドール(キツネっぽい外見のイヌ科の動物)と北極熊くらいだった。
夜の森で見かけたコウモリもそういや結構元気に飛び回っていた。なんやかやで工事中のとこが結構あって、工事用の白いパネルの壁と、樹木と、動物達の檻と、共在していて、不思議な景観だった。
そんな今日、結構歩いて稼いだはおよそ18000歩。
・本日の鉛筆画。悩みごとありき。12KB弱。
2003年9月28日(日)引き続き青天
本日ようやく安息日。
かと思いきや、何やら出掛けてゆく飛尽。昨日の下町風俗資料館の臨時休館のあおりを受けて、予定を繰り上げていざ清澄白河。
午後は10万感謝絵とかリンク集の変更作業とかとかやりたいらしくさくさく散策探索。▼江東区深川江戸資料館 →説明ページ [新窓] @財団法人 江東区地域復興会
入口くぐると、見えてくるは民家の屋根。
まず上から全貌見せておいて、それから下に降りて巡ってくれ、てな感じか。
先日行った、江戸東京博物館を彷佛させる。
でも違うのは、屋根の上に猫が……!(※作り物)
猫好きの飛尽がなんとなく眺めていると、そのうちに木と木がぶつかるような音がして、猫が動いて……鳴いた。
鳴いたー。
と、喜び勇んでその後しばらく眺めてたが、再び鳴く気配は見せず。
20分か30分に1回くらい鳴く仕組みか、じゃなきゃ人が入ってきたのを感知して鳴く仕組みか、どっちかだ。で、民家群は特に動いたりせず、中にはあがれるけど動かせるようなものも無いのですぐ見終わってしまうかと思いきや。
そんなことはなかった。奥に設置された川べりの風景、何が凄いってちゃんと水が張ってある。
木製の船が浮かべてある。
で、日本人の性さがなのか、中にはちゃんと10円玉が落ちていた。(2枚確認)すごいなあ水だよ水ほんものー、というわけで眺めていたら、突然照明が落ちる。
暗がりの町。夜の町。
と、宵闇に浸っていたら、夜が明けた。(ニワトリが鳴いて背景の空が白んできた。)
その後、夕立ちも降り、陽も沈んだ。
小さな空間に再現された江戸時代、なかなか凝っていて楽しい。
伝統の技を解説するビデオも、人がいないのをいい事に全話鑑賞。
べっ甲の簪がどうやって出来てるのかようやっと知れて満足。俳句のくずし字があんまり読めない駄目文学部生が一匹(…)。
解説パネルの文字と文字を見比べるに手書きのような気がして、すごいなあと思ったり思ったり。ともあれ、こじんまりした展示はすぐに見終わってしまったわけだが、外にあったちょっとした庭園もどき(庭園ていうか裏庭っぽい)をくぐり抜け、くぐり抜けた。
そこの裏口(木戸)を抜けてくと展望台に出るらしかったが、見渡す限りそれらしいのが見えないので諦め。
て、元来た道を戻っていったら、途中、展望台への道標が。
というわけで、無事展望台(こじんまり)にたどり着き、でか金魚の鮮やかな赤と涼しげな水を拝んで立ち去る。・そんな今日、10万HITだんけ!!
・そんな今日、5年来くらいのお知り合いのサイトで同じく10万HIT踏んだ。
2003年9月29日(月)寒…
バイト復帰。
なんか最近見かけないので、もう学校始まったのかと思っていたよ、と、何人かに言われる。
でも明後日から始まっちゃうんですよー、と、何人かに返していた。高知土産の「土佐日記」(※お菓子)の箱が気に入って、なでなでしてたのは1週間も前のこと。
和綴じ本デザインの箱は、蓋部分も本のようにぱたりと開く。
わりとしっかりした造りなので、何かの容れ物に使えるかもー、と飛尽が喜んでたのは1週間も前のこと。
そんなのすっかり忘れた飛尽がバイト先に赴くと、土佐日記とってあった。
箱ものすぐ捨てられてしまう職場なのに、見えるとこにしっかりとってあってびっくり。
飛尽さん欲しがってたから、と、何人かに言われる。
ここの人たち大好き、と思ったのは言う間でもなく。
有難くも嬉々として持って帰る……かと思いきや、ちゃっかり忘れてくるいつものパターン。夜は夜とて何やら水面下にて作業を開始。
思い立ったが吉日飛尽、2日で作業を終えたい様子。
間に合うのか……!
2003年9月30日(火)引き続き寒…
そういや昨日は、帰りにものすごく綺麗な空を見上げてしまい、感嘆の溜息を吐いていた。
流れていく上の雲は、薄くて絡まり合う綿菓子のように真っ白で。
すれ違うように逆方向へ動いていく下の雲は、青い影と陽に照らされたオレンジの光りで。
空は深くもすっきりとした鮮やかな青で。
雲の切れ目に覗いた白い、空に残る傷痕のように白い、昼の三日月が見えた。バイト最終日。
朝からエタノールと格闘しつつも、夕刻迄にはお仕事ちょうど終了。
測ったかのよう、と、言われたが、もちろんちゃんと図ってやって今日終わりだったり。(←逆算計画で作業してた)夏休み最終日。
そういや語学の勉強も卒論の調べ物も、ほとんど何もしないまま終了。
でも「ぐるっとパス」巡りしまくったせい(+バイト+集中講義のおかげ)で、かーなり充実したお休みになってたりなかったり。
いろどりのぬけおちたはねが はなのあざやかなるをこう。いろどりづき。